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2009年2月12日木曜日

"伝える"ための3ステップ


"伝える"ために、さらに"伝える"を細分化してみる。

  • 発想
  • 整理
  • 表現

うーん、まだ整理中なんだなきっと。
軸がさだまらない。

2009年2月6日金曜日

変えられるのは今の自分だけ


自分が変えられるのは、今の自分だけだ。
そして、未来の自分は今の延長上にいる。

何かを決めて、決めた時にできないのは、未来の自分に期待をしすぎてるからだ。
例えば、
  • 明日から甘いものは控えよう
  • 明日からランニングをしよう
  • 夏休みの計画
  • もう5分ねよう
# そう、さっき「もう5分ねよう」、っておもった時に、
# 自戒のためにこれを書こうと考え、そしてそのために起きてきたのだけれども。

もちろん、未来の自分のことを決めて、できちゃう事もある。例えば仕事で決めたスケジュールとかね。

この、期待しすぎてるか、しすぎてないか、をどうやって見分けるかというと、それを今すぐやりそうか、って問うてみるのがいい。
今すぐやらない、あとにしたい、切りかえてからやろう、とか思うものは、未来の自分に過剰な期待をしているのかもしれない。

または、そのやろうとした結果を望んでいる(希望)のか、
やろうとしている事自体を望んでいる(欲求)のかを考えてみるのも良い。
前者であれば、それは期待しすぎなのかもしれない。

未来の自分に期待しすぎている事に気がついたら、今の自分にやれる事ややりたい事を探す。
今朝でいうと、布団から出るってことはやれる事だなーとおもった。

未来の自分を、自分でない他人として考えてみる、っていうのが行動の指標になるかもしれない。自分のしない、したくないことを未来の自分におしつけない。逆に、未来の自分が自らやりたくなっちゃうようにするにはどうすれば良いかを考える。起きた後のおたのしみを用意するとかね。

早起きのおたのしみは、何かなーっておもったけれど、
つづけていくと朝のゆとりのよさを体感して、起きるコストが減るかなー、
っていう予測は、期待しすぎなんだろうか。

2009年2月2日月曜日

いいね!と思ったことを続ける方法

ネットでみた、ライフハックなるもの、
ビジネス本で読んだ仕事の仕方、
だれかに聞いたちょっとしたレシピ、
いいね!と思った事を、どの位実施しているだろうか?

根拠はないけれども、10%実施したことがあれば多い方で、
さらに継続しているものとなると10%の10%、つまり1%位ではな
かろうか。
僕に限っていえば、継続しているものは0.1%以下であると断言できる。

この理由は2点あると考える。
  1. いいね!と思うまでに充分な検討をしていないこと
  2. いいね!と思った事を継続するための準備をしていないこと
1.に関していえば、いいね!と思ったからといって、実はそれほどいいわけじゃない事がある、という事だ。
簡単なゴボウ
サラダの作り方があって、美味しいよ!っていわれた時のいいね!は、
実際に試してみるほどのいいね!ではなかった、というような例。

2.はというと、例えば一日5個ずつ単語をおぼえれば、一年でなんと1500語もおぼえちゃう、とかいうのを見た時に、いいね、明日からやろう!っておもったけれど、次の日はやらない、みたいな
例。

って書いてみて気付いたけれど、
ゴボウサラダの方だって、実は充分にいいのに、準備をしていなかったのかもしれないし、
単語を一日5個ずつおぼえるというやり方も、実はわすれていく分を検討していないのかもしれない。

ただ、そうであっても、評価の観点と、準備の観点とがあることには変わりない。

どっちかが、もしくは、両方が足りないと、いいね!は実現されないのだ。
継続はというと、さらに実現よりも難かしい。

評価の精度は、いいねの量を減らし、
適切な準備は実施と継続の量を増やす。

やろうとおもった事を実施できなかったり、継続できなかったり
すると、ストレスを感じたり、予定が狂ったりしてちょっと不幸せな感じになる。逆に、実施できたり、継続できたりするとちょっと幸せな感じになる。

評価の精度を上げ、適切な準備をする事で、ちょっと幸せになれるのだ。

あまりにあたり前のことのように見えてきて、
こんなことを書いている自分は頭がおかしいのかもしれんと思ってきたけれど、
お決まりの伝えるにはまずアウトプットする、の精神でのりきることにする。

2009年1月30日金曜日

エントリーを投稿する前にチェックする3個のこと



実は、このタイトルをつけて、
そして書き始めた現時点において、その3個のことがなんなのか、
さっぱりわかっていない。

わかっていないから、考えてみることにする。

そもそも、まず何のためにチェックをするか?という点を設定したい。考えてみるとこれは意外と簡単で、このブログを作る際に既に設定していた。"伝える"ことである。

では、"伝える"ためには何が必要だろうか。箇条書きにしてみる。
  • "伝える"もの
  • "伝える"媒体
  • "伝える"媒体を理解されること
あたりまえだ。すごく当たり前に見える。これがそろえば伝わったと言える。
とりあえず、名前をつけてみる。

  • "内容"
  • "媒体"
  • "理解"

さて、一見できたように思われるが、これですべてかどうか考えてみる。そもそも、抽象的な概念に対してすべてかどうか考えることができるのだろうか、と思いつつも、なにか方法がないものかと考え続けることにした。

ここまで書いてここから先については
すべてであるかどうかを考える方法、を書くべきだときづいた。

そして、
信じられないくらい中途半端で、タイトルと内容すら一致していないこのエントリーは公開される。伝えるにはまずアウトプットするの原則にのっとって。

2009年1月29日木曜日

伝えるにはまずアウトプットする


伝えるにはまずアウトプットする事が必要だ。一見これはあたりまえに見えるかもしれない。

実際には、文章を書くときに、"完成"と"未完成"の二元論で考え、アウトプットする条件として"完成"していることとしてしまう事が僕にはある。あれ、これって言えるんだっけ? あ、ここは説明がもっと必要だ、などと考えて、不十分さに気付き、そのうち書くこと自体をやめてしまう。

つまり、完成か未完成かで考えて、
未完成→書かない、という結果になっている。

しかしながら、"完成"か"未完成"というと、大抵の場合"未完成"なわけで、"完成"というゴールは果てしなく先にある。永遠に行きつかない場所であり、単なる観念的なものにすぎないともの、それが"完成"である。

"完成"の状態にある、と考えるのではなく、完成とする、と考え、まずアウトプットして、書いてみる。これが重要なのだ。書いてみると、何が伝わるか、についても、何が伝わらないか、についても、書いてない場合と比較して、より把握することができるからだ。

書いてみたものは、それを"完成"に向けて改良していく事ができる。書いていない場合には、また一から始める事となり、敷居が高いままだ。

「まず、アウトプットする」を実践していきたい。